| 特集 | 『機械翻訳と未来社会 言語の壁はなくなるのか』リレーコラム(2)羽成拓史

リレーコラム(2)

羽成拓史
(明治学院大学講師)


社会評論社公式ブログ―目録準備室―を閲覧中の皆さま、こんにちは。羽成拓史と申します。今回は、私が執筆者の1人として参加し、2019年7月に出版させていただいた『機械翻訳と未来社会―言語の壁はなくなるのか―』の各章を紹介していくリレーコラムの第2弾となります。第1弾は、本書の編著者の一人である西島佑さんによる「序章 機械翻訳をめぐる議論の通史」の紹介です。併せてご覧いただければと思います。(http://shahyo.sakura.ne.jp/wp/?p=6804

ここでは、私が担当した「第一章 機械翻訳とポライトネス―機械翻訳に反映させるべきポライトネスとその手法に関する一考察」について紹介させていただきます。まず「第一章」の趣旨を、次にキーワードである「ポライトネス(politeness)」について、最後に機械翻訳とポライトネスついて、簡潔にではありますがご説明したいと思います。

『機械翻訳と未来社会』第一章の趣旨

「第一章」の趣旨は、「ポライトネス(politeness)」という言語学の概念を、機械翻訳に適切に反映させる際の課題を明らかにし、それらの課題を克服するためにはどのような手法が有効であるかを考察することです。

私の専門分野は社会言語学で、特にその中でもポライトネスを中心に研究しています。詳細は後述しますが、簡潔に言えば対面コミュニケーションにおける言語行動を社会的要因(年齢差・ジェンダー差・職業差等)の影響を踏まえて分析する分野です。理系研究者を中心に研究・開発が行われている機械翻訳とは一見すると関連がない分野に思われるかもしれません。事実、かつての機械翻訳(特に日本語―英語)は、「実用的」と言えるレベルではなく、実際の対面コミュニケーションで使用される機会はごく限られていたと言えます。

しかしながら、近年の機械翻訳精度の向上は著しく、一般社会にも急速に普及してきています。特にここ数年はパソコン上だけではなく、スマート・フォン等の携帯型デバイスを利用したもの、さらに最近では30カ国語以上の多言語に対応したワイヤレスイヤホン型翻訳機なども市販されているようです。

このような現状を考慮すると、一般社会において機械翻訳が対面コミュニケーションで用いられる機会は今後さらに増大していくことが予想されます。こうなると現在あるいは未来の機械翻訳には、言語学において対面コミュニケーション上不可欠な要素であるとされるポライトネスが適切に反映されていなければならないでしょう。「第一章」はこのような発想を出発点として書かれています。機械翻訳を介した対面コミュニケーションが現実的なものとなってきた今だからこそ必要な議論であると言えるのではないでしょうか。

ポライトネスとは何か

ポライトネスという言葉を聞いて皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?

この言葉の一般的な意味は「丁寧さ」や「礼儀正しさ」であるため、日本語話者の多くの方がまず思い浮かべるのは「敬語を文法規則等に従って正しく使うこと」などかもしれません。

しかしながら、本書で議論される社会言語学や語用論という学問領域におけるポライトネスという概念はそのようなことだけを指すわけではありません。本書でも触れていますが、言語学用語としてのポライトネスとは、「円滑な、あるいは協調的なコミュニケーションをするために私たちがとっている言語行動」と定義することができます(17頁)。

日本語においては、「円滑なコミュニケーション」を実現するために「敬語を文法規則等に従って正しく使うこと」も非常に重要です。しかし、私たちは普段それ以外にも多種多様な要素に配慮しながら「円滑なコミュニケーション」を実現させようとしています。

例えば、ある相手に何かをしてもらいたいとします。その際、私たちは「相手との関係性(上下・親疎)」や「相手の負担度」などの様々な要素も考慮した上で最終的にどのような表現を用いるか(どのようにして自分の意図を伝えるか)を決定していると考えられます。

例えば自分のごく親しい友人や家族に依頼をするとして、「百円を貸して欲しい」場合と「百万円を貸して欲しい」場合をそれぞれ想像してみてください。あるいは依頼をする相手が見ず知らずの人だったらどうでしょう。恐らくどう伝えるかが変わるのではないでしょうか?私たちが「円滑なコミュニケーション」を実現しようとする(=相手に不快な思いをさせずに自分の意図を伝える)際には、このように少し考えてみただけでもそこに複雑な社会的要因が関わっていることがわかります。 日常的なコミュニケーションが円滑に行われるためにはポライトネスへの配慮が(慣習的なものを含めて)不可欠であると言えるでしょう。

機械翻訳とポライトネス

前述の通り、私たちが日常的コミュニケーションの中で意識的に、あるいは無意識に(慣習的に)行っている言語行動にはポライトネスが深く関わっています。それゆえに、ある言語におけるポライトネスには、その言語を用いる共同体の文化や慣習、あるいは価値観が色濃く反映されています。このため、Aという言語でポライトネスとして認識される言語行動が、Bという言語ではそのように認識されない(あるいはそのような言語行動がそもそも存在しない)、といったことも多々あります。

また、相手との関係性や場面の違い等の外的要因がポライトネスには大きく影響します。機械翻訳にポライトネスを適切に反映させるために、これらの問題も解決しなければいけないとすれば、どのようなアプローチが必要なのか、ポライトネス研究という「文系」的視点から考察してみることは大変興味深いことではないでしょうか。少しでも興味を持っていただけた方には、是非本書『機械翻訳と未来社会』を手に取っていただければ幸いです。

ミニ対談/目次詳細/あとがき
リレーコラム(1)西島佑 
リレーコラム(2)羽成拓史 
リレーコラム(3)瀬上和典 
リレーコラム(4)西島佑 
リレーコラム(5)瀧田 寧、西島 佑、瀬上和典、羽成拓史

投稿者: 社会評論社 特設サイト 目録準備室

社会評論社メール book@shahyo.com