| 序文公開|  加藤幸治/著『文化遺産シェア時代 ─価値を深掘る“ずらし”の視角』

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加藤幸治著『文化遺産シェア時代 ─価値を深掘る“ずらし”の視角』刊行を記念しまして冒頭「はじめに」無料公開します。


加藤幸治/著『文化遺産シェア時代 ─価値を深掘る“ずらし”の視角』
「はじめに」全文


1.ネット情報 いま・むかし

 

現代はシェアの時代ともいわれます。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が普及するなかで、個人がカメラと短い言葉で経験をリアルタイムに、そして気軽に発信することができるようになりました。その投稿の集積が、他者の投げかけと混ざりながら拡散していくとともに、自分の興味関心や価値観の主張として連なっていく感覚が、そこにはあります。

現代は文化の時代ともいわれます。世界遺産や歴史的な名所には国内外からの観光客が足を運び、大規模な展覧会には海外から来日する作品を目あてに長蛇の行列ができます。多くの人々が旅をよりパーソナルな動機にもとづいて行うようになり、何を見たいかはメディアによってもたらされる情報に大きく左右されるようになっています。

こうした時代にあって、わたしたちは歴史や文化についての情報に容易にアクセスできるようになり、実際に足を運んでそれにふれることも計画しやすくなりました。そして、実際に現場に赴き、その経験を手軽にシェアできるようにもなりました。

しかし、その歴史や文化にかんする情報は、インターネットを開けば圧倒的な量で得られる一方で、その内容は思いのほか均質なものであることに驚かされます。ひとむかし前のインターネットとの付き合いかたは、誰かわからないような人が適当に書いたものより、当事者や専門家の書いた“ちゃんとした情報”を探すというものでした。それに対し近年は、多くの人の手が入って編集された情報が転載されつづけて拡散していき、結果としてオリジナルが不在な、何となくしっかりした情報が遍在しているような状況にあるように、わたしにはみえます。そのわかりやすさは、情報を吟味する力を減退させるだけでなく、正しいとされる情報をそのまま受け入れて満足感を得ることに馴れてしまうことにつながり、思考停止状態を生みだします。

 


2.“わかった”と思った瞬間が一番危うい!?

 

歴史や文化のみならず、人文学の最大の魅力は、自分で見聞きしたり、自分の切り口で集めた情報をもとに、自分なりの観点を持って面白さを発見するところにあります。そうしてすこしずつ自分を見つめ直す材料を溜めていくことで、心の豊かさや生きることの意味をするところにあります。ですから、何かの情報をもとに“わかった”と思った瞬間が一番危ういのです。なぜならそれは、何かを鵜呑みにした瞬間でもあるからです。わかりやすい情報にあふれた現代を生きるわたしたちには、自分で考える力、本当にそれだけだろうかと疑う力、答えよりも問いを見出すまなざし、もっと面白いことはないのだろうかという好奇心が、求められています。

歴史や文化の面白さは、高校までの勉強のように、事実を覚えることや歴史的な事柄をそらんじて言えることにあるのではありません。みずからの視点で深堀りしていくことのなかにこそあります。そこで必要なのが“ずらし”の視角です。まずは物事がどう価値づけられているか、どういう観点が重視されているかを知ることはとても重要です。世界遺産にはその理念と目的がありますし、文化財にはそれを裏づける価値があります。しかし、そうしたものを踏まえるところで満足してはスタートラインに立っただけです。それをふまえて、自分としてはこういうところが面白い、価値づけとは異なる部分にも見るべきものがある、個人的な関心からはむしろこちらの方が面白い、といったことを追究してみてはじめて歴史や文化が自分のなかで意味を持ってきます。

 


3.自分なりの視角をシェアしよう!

 

こうしたことを、日々の仕事として大まじめにやっているのが、博物館の学芸員です。わたしはかつて公立博物館の学芸員(民俗担当)を10年勤め、そのあと大学で教えながら大学博物館の学芸員として活動しています。そのなかで、アカデミックな研究とはすこしずらしたところにある、学芸員ならではの面白いものを探し出す視点の独自さというものに注目しています。学問的に重要なことがらも、そのままでは一般の人々や子どもたちに興味を持ってもらえないことが多いなか、切り口をかえたときに人々が向けてくれる関心の度合いがガラッと変わることがあります。切り口の面白ささえ伝われば、マニアックなこだわりで深堀りしたものほど、共感をえられるものです。“ずらし”の視角は、学問と社会との結節点にある博物館そのものがもっている可能性の1つです。

シェアの時代である現代、文化遺産や文化財、博物館について、いったんそれが目指すものを踏まえたうえで、自分なりの視角で深堀りすると楽しくなります。シェアすべきはそうした切り口であり、自分が面白いと思うものを自信を持って投げかけるべきです。うわべだけの知識で満足して、あらかじめそこで撮影することを用意されたようなフォトジェニックな写真をシェアするような時代を乗り越えましょう。そのことが、近年日本では軽視されがちな人文学の魅力です。

学芸員的な思考には、面白いもの探しをするセンスだけでなく、文化的な資源を使って人と人とを結びつけていく楽しさも、重要な要素としてあります。現代の博物館には、資料の調査研究や展示・普及という従来からの機能に加え、市民の学習センター、地域の資源を活用した文化創造の場、地域社会の様々な立場の人々の交流の場といった、市民社会との関わりにおける役割が求められています。博物館という場で、歴史や文化をシェアすることで生まれる新たな活動や価値観を社会に発信していくことこそ、現代の地域博物館の理想であると、わたしは考えています。ここに、もうひとつのシェアの可能性があります。


4.現代社会の最前線にある問題と結びつく

 

本書『文化遺産シェア時代 価値を深掘る“ずらし”の視角』は、こうした歴史や文化にかかわるあらゆる形式のものを、広い意味で文化遺産ととらえています。それを自分なりの視座からとらえなおした切り口を、“ずらし”の視角と位置づけたうえで、その楽しさをいかにシェアできるかを、現代的な課題ととらえています。文化遺産や博物館について学びたい人や、まちづくりや地域の復興に文化の面から関与したい人に手に取ってもらいたいと願っています。

第1部 文化・歴史・遺産は世界規模の文化的な遺産にかんして、第2部 文化財・博物館・学芸員は国内の文化財や博物館にかんして記しています。一幕完結で書いていますので、どこからでも読み始めることができるようになっています。

第1章から第4章は、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の活動と日本の現状を紹介しつつ、わたしなりに切り口を設定しながら、文化をめぐるいろいろな問題について紹介しています。第1章 「平和のとりで」の構築では世界遺産を、第2章 文化変容のダイナミズムでは無形文化遺産を、第3章 歴史的出来事の“証人”では世界の記憶を取りあげたうえで、それらの活動の理念において土台となりうる文化的多様性について第4章 持続可能な社会の実現で述べています。第5章 生物多様性と文化多様性の結節点は国連食糧農業機関の世界農業遺産の活動を取りあげました。

第6章 保存と活用のジレンマでは日本の文化財保護制度について、第7章 眼前の風景に見出す意味では記念物について、第8章 地域博物館の理想と現実では地域博物館をとりあげ、その社会的意義や問題点を指摘しています。第9章 研究が作り出す文化財では民俗文化財を例に学芸員の調査研究について、第10章 協働につなげる価値の掘り起しでは住民参加や市民参画、協働について取りあげ、地域博物館の学芸員のポテンシャルと現代的な存在意義を問いたいと思います。最後に第11章 文化における「より良い復興」 で文化財レスキュー活動をとりあげ、被災地で目指す文化における「より良い復興」について紹介します。

* * *

本書の全体を通して、わたしは歴史や文化の研究を含む人文学が、現代社会の最前線にある問題とふかく結びついていることを、お伝えしたいと考えています。そして、文化を深堀りする“ずらし”の視角を持つことが、新たな楽しさや価値観の転換を生みだし、それをシェアすることの意義を、広く“シェア”できればと願っています。

加藤幸治/著
文化遺産シェア時代
価値を深掘る“ずらし”の視角

2018年3月下旬刊 A5判並製・本文2段組192頁
定価=本体1,800円+税 ISBN978-4-7845-1738-1


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■著者紹介 : 加藤幸治(かとうこうじ)東北学院大学文学部歴史学科教授・同大学博物館学芸員。専門は民俗学、とくに物質文化論。静岡県出身。総合研究大学院大学文化科学研究科比較文化学専攻(国立民族学博物館に設置)修了、博士(文学)の学位取得。第17回日本民具学会研究奨励賞(2003年)・第21回近畿民具学会小谷賞(2003年)・第16回総合研究大学院大学研究賞(2011年)を受賞。現在、日本民俗学会第31期理事、日本民具学会第17期理事ほかを務める。主な著作として、単著に『郷土玩具の新解釈 無意識の“郷愁”はなぜ生まれたか』(社会評論社、2011年)、『紀伊半島の民俗誌 技術と道具の物質文化論』(社会評論社、2012年)、『復興キュレーション – 語りのオーナーシップで作り伝える〝くじらまち〟 』(社会評論社、2017年)、共著に 国立歴史民俗博物館編『被災地の博物館に聞く』(吉川弘文館、2012年)、日高真吾編『記憶をつなぐ 津波災害と文化遺産』(財団法人千里文化財団、2012年)、橋本裕之・林勲男編『災害文化の継承と創造』(臨川書店、2016年)ほかがある。

*刊行時のものです。


 

投稿者: 社会評論社 サイト

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