連載 ◎ [横浜・野毛]東京から来て 天保堂苅部書店 横浜と歩む 第6回 野毛のバラック

第6回 野毛のバラック

日曜の昼下がり立ち飲み屋で赤ら顔になったまま野毛の交差点で信号待ちをしていました。

桜木町駅と野毛の町をつなぐ地下道には開かれた立ち吞みゾーンがあり、その一店でたまたま隣の方がちょうど本日の競馬予想的中、景気の良い日らしい。店番のお母さんに「ちょっとお姉サン、ビール一杯、こちらのお兄ちゃんに‥‥」っておごってもらえたりしちゃいまして。

そんな上機嫌のまま野毛の町を観察するには、この信号待ちがちょうどいい。

笑い声が外まで聞こえそうな幟たなびく寄席の「横浜にぎわい座」http://nigiwaiza.yafjp.org/  が近くにあります。あそこはその昔、横浜税務署だったそうですヨ。福田赳夫に大平正芳といった総理大臣に登りつめたお役人がいらしたって、苅部さんからの聞きかじり。

──あのぅ、苅部さんが営んでいたバラックの店ですが、どの辺りになるンでしょう?

「いま、喫茶店になってる。」

先ほど苅部正さんから聞いてきた場所を探すことにしました。その場所は、苅部さんが30歳を迎える頃に野毛坂のお店とは別にあった野毛本通りの第二天保堂苅部書店のことです。

今から60年近くさかのぼりますから、平成でもなく昭和の中ごろ。先の戦争で横浜の街は大空襲の被害を受けて多くの人命が失われ罹災者を出していました。難を逃れた市民の前に次に現れたのは占領軍。関内地区と横浜港を中心に接収された横浜の街。復興に当たり決められた行政の方針は、桜木町駅に近い野毛の町には商店街をたくさん作ろうという時代の流れ。

軒並み似た店構えが通りの両側にずらッと連なり車もやっと一台ずつ通れるくらいの人だかりが続くまさに復興商店街通り。

そこを若き苅部さんがよいこらせっせと野毛坂の本店から在庫を運んだ第二店舗。

それは焼けた杭やトタン、古びた木材などで建てたバラックと呼んだものでした。そのバラックが私にはピンと来ません。

──電気は、灯りはつくんですか? トイレは?

そんなことを訊ねてどうなるものでもないのですが、この中年客の問いかけに苦笑する苅部さん、「あの頃の、写真が。ほら、これ」って探し出して下さいました。

バラックにあった第二天保堂のようす。提供・天保堂苅部書店・苅部正

ヨッ! お若いッ苅部さん! 写真が伝えるバラック内の和やかな雰囲気に、不思議に安堵する私。

その写真には、苅部さんが眼鏡をかけたお兄さんと写っています。10歳ほど上の苅部洋吉さんは、旧制一高(東大)を出た秀才で、兵隊にも行きました。天保堂は篠田亮一さん亡き後、未亡人が看板を守っていましたが大空襲で一度は焼失の憂き目に遭ったものの、戦後、店を貸していた苅部家がその屋号と商売を継いで、天保堂苅部書店として横浜の野毛坂で再起します。

今の若い人にはもちろん、中年になった私ですら想像しにくいことなのですが、苅部さんの青春時代でもある戦後の時代は、食べ物や着る物、暮らしの様々な物と同様に、本は市民に大歓迎され、とにかくよく売れたと言います。これは他のお店でも聞いてきたことです。

苅部さんたちの家がある野毛坂は復興の商店街通りのど真ん中になります。今、本を売らないで何を売る!

この時代に重なって、洋吉お兄さんの恩師にあたる安倍能成氏が亡き友人の岩波茂雄の生涯を一冊にまとめます(『岩波茂雄傳』岩波書店、1957年)。

本が次に刷り増しする時には、岩波が店を古書店から出発した経緯に天保堂の篠田亮一さんとの縁をぜひ加筆していただきたいと洋吉お兄さんは恩師にお願いします。

すると恩師はその代わりとして、能筆で知られた自らの筆で天保堂苅部書店の看板を書いて贈ってくれたのです。それはまさに岩波茂雄が古書店を始める時に看板の文字を天保堂の篠田さんにお願いした経緯に重なりました。

この看板の前でコートを着て眼光鋭い表情の洋吉お兄さんを写した写真を、苅部さんが神奈川の古書組合史の文章に添えていました。

ところで。苅部さんから聞いたバラックのあった場所を探しに向かいます。

コーヒーと輸入食品で有名な店名でしたので、すぐに見つかるだろうと高をくくっていたのですが一向に見つかりません。

これはきっと立ち飲みの酔いが残っているからだと思いまして、酔い覚まし。コーヒーを頼もうととりあえず目に入った喫茶店に入ろうと前に来た。あれ、あった、ここだ。カフェ・カルディー野毛店。

左がカフェ・カルディー野毛店

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文責・板垣誠一郎

参考文献

・『神奈川古書組合三十五年史』組合史編纂委員会(代表 高野肇)編著、神奈川県古書籍商業組合、1992年
・『横浜中区史』横浜市、1985年 ※現在、横浜市のサイトから内容をダウンロードで閲覧できる。http://www.city.yokohama.lg.jp/naka/archive/reference/nakakushi.html
・『河岸の古本屋』河盛好蔵、講談社学芸文庫、1994年


紹 介


天保堂苅部書店

tenpo-dou karube shoten

「日本の古本屋」URL: https://www.kosho.or.jp/abouts/?id=13000040

住所:〒231-0064 神奈川県横浜市中区野毛町3-134 横浜市中央図書館下(野毛坂) 定休日:月曜日 TEL:045-231-4719  FAX : 045-231-4719 最寄り駅:桜木町駅、日ノ出町駅 facebook(フェイスブック)リンク

2019年2月3日撮影・板垣

2019年2月配信開始!

東京から来て 天保堂苅部書店 横浜と歩む

第1回 横浜駅のおじいちゃん
第2回 3行の経歴
第3回 神田神保町時代
第4回 天保堂の番頭
第5回 ミミー宮島と野毛のジャズ
第6回 野毛のバラック
第7回 伊勢佐木町の有隣堂

投稿者: 社会評論社 公式ブログ - 目録準備室 -

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