連載 ◎ [横浜・野毛]東京から来て 天保堂苅部書店 横浜と歩む 第5回 ミミー宮島と野毛のジャズ

第5回 ミミー宮島と野毛のジャズ

ふらりと本屋を訪れて、もし店の人とポツリとでも言葉を交わせたなら、本のことよりも店の立つ地域の何かしらを耳にしたい。旅先に限らず住む町でも同じ思いです。

地元の輪に参加しない暮らし方をしていると、過ごす年月がいくらあっても、いつまで立っても町で一人ぼっちなのをこの頃はよく思い知らされます。

本屋は町を彩ってきたお店の一つでしょう。誰でも気軽に立ち寄っては買い物を愉しめますし、本屋に並ぶ書名をざっと目で追っているだけで大きく世間を知るチャンスです。

もちろん客は本を探しに来るのですが、そこで働く店員がどういう人なのかも気になる所で、もし自分にとって相性がよければ次もまたお店を覗いてみよう。と、こうなるわけです。

店にとって商品同様に働く人の個性というのは店を営む上でとても大事なことであったのは昔も今も変わらないでしょう。

野毛坂の天保堂苅部書店もまた地域を彩る個性を輝かせて来たからこそ今がある。時によって苅部さん親子が来店者と親しげにしゃべっている場があると、きっと野毛の町に暮らしている方かなと本の背文字を目で追うふりをしながら思うだけでも愉しい。

野毛の町のことを苅部正さんにうかがいました。店先が面する野毛坂を見る様に、

「商店街の形態もどんどん変わってきて、今は商店街じゃなくって、ただの通りになっちゃった。

居酒屋と焼き鳥屋とラーメン屋ばかりの町になっちゃった。だから、古本屋もやめた方がいいんじゃないのかってくらいの寂しい状況‥‥。

でも、いまだに昔来てくれたお客さんが顔を出してくれてサ、お互い若い頃のここでの思い出を話してくれたりすると、最敬礼しちゃうんだよネ。ありがとうございますッて」

桜木町駅から16号線の大通りをくぐって行ける地下道「野毛ちかみち」(桜木町ぴおシティ地下)にある立ち吞み屋ゾーンや、地上に出て大岡川の方へと広がる野毛小路の酒場街の印象が強くなりがちですが、野毛の町は門前町といえる静かな土地柄であったことを知れば、町歩きの楽しみ方もまた変わってくるものです。

横浜成田山延命院への参道口。

鳥かドローンにでもなったつもりで、天保堂苅部書店の建物を飛び越して見たら、その先に横浜成田山延命院を囲むように段々と上がって行く小山のような立地になっています。参道によっては細かな石段と坂の小道がぎゅっと詰まっていて、ちょっとした異世界に飛び込んでいくような具合で、歴史の味わいを感じます。

初詣となれば成田山やその先の伊勢山皇大神宮への参拝客が立ち寄って「暦」をよく買ってくれた時代が続いてもいました。

戦前の日本ジャズ界で偉才を放った一人で、ミミー宮島の芸名を持った少女は、この成田山の裏に住んでいました。苅部さんより2つ上の昭和5年(1930)生まれで早くも7才の折に、コロムビアよりレコードを出した吉本専属「ベビータッパー」でした。

苅部さんは子どもの頃に家族が連れて行ってくれた横浜宝塚劇場で得意としたタップダンスの才能を目の当たりにしています。(参考 横浜宝塚劇場 「横浜都市発展記念館サイト http://www.tohatsu.city.yokohama.jp/HIMap/HIMap2_j_Takarazuka.html

その娘サンが野毛坂の往来を通り過ぎるのを天保堂の店から見つけて「おじいちゃん、今ね、ミミー宮島が通ったよ!」と天保堂・篠田亮一さんに教えたかも知れません。

野毛坂を下りた通りを日ノ出町の方に行くと美空ひばり記念像があります。ひばりさんの前から活躍したミミー宮島のことも野毛ゆかりの歌手として思い出してもいいことだと苅部さんは教えてくれます。

美空ひばり公式サイトによると1993年12月10日「横浜野毛、横浜国際劇場跡地に「美空ひばり銅像」野毛商店街により建立」

苅部さんから尋ねられました。「ジャズ喫茶ちぐさは分かる?」 ──初めて聞きます。行ってみます。

ジャズ喫茶ちぐさを営んでいた店主、吉田衛さん(よしだ・まもる 1919〜1994年)を苅部さんたちは「おっちゃん」と呼んでいました。そのおっちゃんに重ねるように、

「静かに聴くの。俺ンとこはジャズレコード喫茶屋だ。それをコーヒー1杯いくらで聴いている。よけいなことは、喋らなくていい‥‥」

秋吉敏子、日野皓正、渡辺貞夫などプロミュージシャンの集った伝説の場所、ジャズ喫茶ちぐさは現在「一般社団法人ジャズ喫茶ちぐさ吉田衛記念館」として有志により続けられています。(参考 公式サイト http://noge-chigusa.com/jazz/

席に着くとテーブルに置かれたファイルには店の来歴が初めてのお客にも分かりやすくまとめられていました。創業は昭和8年(1933)。

年譜にはいかにも時代がかった一行が見つかります。「1941 敵性音楽追放の為レコード500枚強制提出」。これに続くが店主の気概を伝えます。「6000枚天井裏にかくす」。

「ちぐさのおっちゃんが戦後兵隊から野毛の町に帰って来て、店をバラックから再開することになってね。

地元の仲間といっしょに疎開先で無事だったレコードを持って行ったことがあった。ものの何枚かだったとは思うけどね。

そしたらおっちゃん、「こんなに運んできてくれたの」って恐縮していた。

その中にあったんだよ、ミミー宮島の「お祖父さんの時計」。」

野毛の町をうかがい知る思い出です。

戦後になって復刻されたミミー宮島の歌唱「お祖父さんの時計」の歌詞を書きとめたメモには、私が聞き馴染んでいる「おじいさんの古時計」とは違っているのに気がつかされます。そして天保堂の篠田亮一さんをも連想します。

(苅部正さんの書きとめた歌詞)

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文責・板垣誠一郎

参考文献
・ミミー宮島ほか戦前の日本ジャズを記録したCD『ニッポンジャズ水滸伝 人之巻』華宙舎、2016年 https://www.offnote.org/SHOP/OK-5.html


紹 介


天保堂苅部書店

tenpo-dou karube shoten

「日本の古本屋」URL: https://www.kosho.or.jp/abouts/?id=13000040

住所:〒231-0064 神奈川県横浜市中区野毛町3-134 横浜市中央図書館下(野毛坂) 定休日:月曜日 TEL:045-231-4719  FAX : 045-231-4719 最寄り駅:桜木町駅、日ノ出町駅 facebook(フェイスブック)リンク

2019年2月3日撮影・板垣

2019年2月配信開始!

東京から来て 天保堂苅部書店 横浜と歩む

第1回 横浜駅のおじいちゃん
第2回 3行の経歴
第3回 神田神保町時代
第4回 天保堂の番頭
第5回 ミミー宮島と野毛のジャズ
第6回 野毛のバラック
第7回 伊勢佐木町の有隣堂

投稿者: 社会評論社 公式ブログ - 目録準備室 -

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