連載 ◎ [横浜・神田]東京から来て 天保堂苅部書店 横浜と歩む 第4回 天保堂の番頭

第4回 天保堂の番頭

篠田亮一が書いた値札(提供 天保堂苅部書店 苅部正)

苅部正さんと一つ上のお兄さんを連れて天保堂のおじぃさんがお出かけです。野毛坂を下りて桜木町駅から鉄道に乗ったご一行は、東京へとガタゴト揺られて行きました。

当時、古書店市場の会場になっいた「東京図書倶楽部」(後の東京古書会館の場所)にようやく着いた一向に中から、

「アラ、天保堂のお孫さんたち、いらっしゃい」

気さくに声をかけてくれるのはお茶くみや掃除をして働く割烹着姿のおばちゃんでした。

じゃあ二人とも、おじぃちゃん仕事してくるからね、いつものように部屋で遊んでおいてね。うん、分かった。正さんたちは子どもにはたまらないマンガや相撲、野球の読み物を目当てに寝転がったりして向こうから古書店たちの掛け声が聞こえてきました。

やがて散会になって天保堂のおじぃちゃんが二人の所にやって来まして、じゃあ今日は浅草に連れて行ってあげようとなって、活動大写真(映画)やら軽演劇を見せてくれた。

本当の孫のように可愛がってくれた。だから何十年経った今でも、80代半ばの苅部正さんは「古本屋のおじぃさん」と篠田亮一さんのことを呼ぶ声に温もりが感じられるのでしょうね。

さてある時、天保堂の店番を番頭たちに任せておいて、篠田さん先ほどから筆をとってなにやら取り組んでいます。

そういう時は誰でも集中しています。周りは邪魔しないよう遠巻きにして来店客を出迎えています。しばらくして向こうに聞こえないように番頭がこっそりと尋ねます。

「おかみさん、旦那さんは何を書いていらっしゃるのですか」

「さっきのぞいたらね、欧米魚貝料理ですって」

「なんですか、欧米魚介料理? ムニエル、グラタン、蒸し焼き。今晩のメニューでしょうかね。」

「なに言ってンだい、この人は。書名のことですよ」

「さんまは塩焼きでいいなぁ」

篠田亮一さんが神田に古本屋を開いた明治期は、漢文の書物も扱いでしょうから、書を良くすること、書道を学ぶことも仕事のステータスにあったのでしょう。苅部正さんの調べたことろでは永坂石埭(ながさか・せきたい 1845〜1924)に書を学んだことが分かっています。永坂は明治維新で江戸に来た医師ですが書家としても活躍した人物。書籍の題字や看板も物したとのこと。

天保堂の篠田さんも先生に続くように看板や題字を手がけていたようです。

明治期中頃から戦前までの出版産業に大きな存在を示した出版社に博文館がありますが、そこの本の題字をいくつか頼まれて筆をとっていたと後に遺族から苅部さんは知ります。

自分が10歳の年に亡くなった天保堂のおじぃさんの面影が、その書に残っているかもしれない。幻の岩波書店の看板のこともあります。筆で書いても、鉛筆でも、ボールペンでも、書いた字にはその人の個性が表れるものです。

よし、博文館の古い題字を探してみよう。自分たちを孫のように可愛がってくれた天保堂のおじぃさんの面影を探してみよう。この旅は少年の時まで暮らしていた野毛の町、横浜の都市を思い出すことにもつながります。なぜなら天保堂のあった野毛坂一帯は横浜大空襲で一度は灰燼に帰してしまったからです。

古本屋という仕事柄、本探しは本領発揮の得意であります。題字の入った広告はいくつか見つかりました。たしかに個性と技量とが兼ね備わった見栄え。ところが、いざ見つけても、その字がおじぃさんの字かどうかの確信がありません。

博文館の広告(提供・天保堂苅部書店 苅部正)

その段になって思い出す人がいました。野毛の天保堂で番頭として働いていたお兄さんのことです。苅部正さんはそのお兄さんをいつも名前からとって「マーちゃん」と呼んでいました。

番頭さんなら篠田亮一さんの書いた字をずっとよく見ていたはずだ‥‥。

一緒の屋根の下で家族同然に暮らしていたのも今は昔のこと。しかもマーちゃんは戦時中に出征していました。生きているかどうかも分かりませんでした。

いつ頃までのことでしょうか、地域の電話帳には個人の名前と電話番号が載っていた時期がありました。これを手がかりに人捜しをすることは不自然には感じないものでした。

マーちゃんの名前も電話帳に見つけました。同名かも知れませんがとにかくダイアルを回しました。すると都内で働いている本人だったのです。

さっそく題字を持って出向きました。マーちゃんは古本屋の番頭だった面影を残して真面目な人で、戦後は宝石店で働いていました。互いに戦時中と戦後の惨禍を免れた感慨はその時どのように感情に表情に言葉になったのか。その詳しいいきさつは、私のようにたまたま立ち寄ったお客が聞くべきものではありません。当事者の心にだけ刻まれているままです。

広告の写しを見せましたら、

「これはたしかに篠田さんの書いた字に違いありません。本当に達筆な方でした」

少年だった頃から時間を越えて、天保堂のおじぃさんと再会した瞬間でした。

アルバムに残された若き日の「マーちゃん」の番頭姿と出征時の写真。(提供 天保堂苅部書店 苅部正)

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文責・板垣誠一郎

参考文献
・『神奈川古書組合三十五年史』組合史編纂委員会(代表 高野肇)編著、神奈川県古書籍商業組合、1992年
・『東京古書組合五十年史』小林静生編集責任、東京都古書籍商業組合、1974年
・『日本書道史 決定版』奥山錦洞著、清教出版、1943年


紹 介


天保堂苅部書店

tenpo-dou karube shoten

「日本の古本屋」URL: https://www.kosho.or.jp/abouts/?id=13000040

住所:〒231-0064 神奈川県横浜市中区野毛町3-134 横浜市中央図書館下(野毛坂) 定休日:月曜日 TEL:045-231-4719  FAX : 045-231-4719 最寄り駅:桜木町駅、日ノ出町駅 facebook(フェイスブック)リンク

2019年2月3日撮影・板垣

2019年2月配信開始!

東京から来て 天保堂苅部書店 横浜と歩む

第1回 横浜駅のおじいちゃん
第2回 3行の経歴
第3回 神田神保町時代
第4回 天保堂の番頭
第5回 ミミー宮島と野毛のジャズ
第6回 野毛のバラック
第7回 伊勢佐木町の有隣堂
第8回 ネコの本屋
第9回 バー・マスコットのムッシュウ
第10回 野毛大道芸 

 

投稿者: 社会評論社 公式ブログ - 目録準備室 -

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