| 詳報 |  石山 春平/著 ボンちゃんは82歳、元気だよ! – あるハンセン病回復者の物語り

絶望の淵に立たされた時、人はどのようにして自分をたて直すのか──

 

「ボンちゃん」との対談 樹木希林

『あん』でハンセン病の徳江を演じて、やっぱり〝知らないことは罪だな〟って思います。その映画がきっかけで、「ボンちゃん」こと石山春平さんと対談しました。小学校6年生で「もう学校に来るな」と言われ、机も焼かれて療養所に隔離され、重い障害をもって社会に生きてきた、──そのたいへんな苦難を、頓智とユーモアを織り交ぜ語る姿に、私は意表を突かれました。もし彼を知っていたら映画の私も変わっていたかもしれません。

この真実の物語りは、闇に隠され知らされずに過ごしてきた多くの人の心を揺さぶり、他者(ひと)を気遣うことの大切さを教えてくれると思います。

(映画『あん』主演女優)


石山春平はハンセン病回復者である。今も根強い差別・偏見の社会にあって、その半生が筆舌に尽くしがたいものであることは疑いない。だが石山は決して暗くは語らない。責めるニュアンスも感じない。それどころかシリアスな語りの最後には、必ず笑いを織り交ぜる。加害の負い目に救いをもたらし、共に生きたいという気持ちにさせる。

この本は、ある時社会から姿を消した石山春平が、「自分はこうやって生きて来た」と、その半生を語る物語りである。

絶望の淵に立たされた時、人はどのようにして自分を立て直すか――、その力が、ことのほか弱いと言われる私たち日本人にとって、ここに生きる力のヒントがあるように思われてならない。(本書「プロローグ」より)


石山春平(いしやま はるへい)

1936 年、静岡県生まれ
小学校6 年生の時にハンセン病を発症し、強制退学。
1952 年、隔離政策により神山復生病院に収容(16 歳)
23 歳で完治が確認されたが退所は許可されず療養生活を継続した。
1968 年、15 年間の隔離の後、社会復帰(32 歳)
障害を抱えながらも民間会社に勤務。1975 年から2008 年まで川崎市でガイドヘルパーの仕事をした。
1996 年らい予防法廃止を経て違憲・国賠訴訟原告。勝訴・政府謝罪を受け、ハンセン病回復者であることを明らかにして、学校教育や人権研修などの場で講演。偏見と差別を無くすための活動を精力的に行なっている。

カバー写真 宇井真紀子


四六判並製・224頁 定価=本体1700円+税
ISBN978-4-7845-2412-9 2018年10月刊


目次


プロローグ 横浜市立瀬ケ崎小学校の創作劇 

 

第一話  焼かれた机 小学校から追放される

⑴ 六年生の二学期

発症が分かった日/「汚い、来るな」の罵声/焼かれた机/戦時下の国民学校/別れがたい友達/父の謝罪

⑵ 無癩県運動による見せしめ

息を潜めた納屋での生活/雪のような石灰

⑶ 自殺未遂と入所の決意

「春平死ス」/堰を切った涙

〔解説〕ハンセン病と社会の差別──強制隔離・患者根絶の国家犯罪 

 

第二話  強制収容 十五年にわたる療養所生活

⑴ 療養所での労働と医療

看護と当直/厳しい労働と指の切除/患者自身の強制労働/ハンセン病の兵士/患者の埋葬/療養所の医療体制

⑵ 無意識に身についた人としての基本

盲人の背中/父への手紙と同室者の叱責/逃走の手助け/人との会話の大切さ/らい予防法でがんじがらめの職員/河口湖めぐりのバスツアー/眩しいほどのショー/ボンちゃん(聖書と週刊誌)
⑶ 後藤絹子さんとの出会い
 
カメラ技術/予期せぬ告白/男女を隔てる仕切り/絹子の母/在所者の反対と決断

〔コラム〕「へらへら笑い」のボン  石山絹子

 

第三話  社会復帰 病歴を隠して暮らす日々

⑴ シャバに出て

身元引き受け人/住居転々/八洲電気の下請け工場/蒲田の会社のバリ取り作業/川崎市のガイドヘルパー

⑵ 看護学生との遠距離交際

⑶ 結婚と新生活

四畳半一間の新居と終い風呂/川崎市役所での再登録/命をかけた運転免許/警察車両の追突事件

⑷ 五人家族と地域・社会

「ハンセン」のトラウマ/絹子の就職と子育て/ハンセン病患者の家族/一家を救った高橋先生/子どもたちのこと/近所の子どもとお母さん/団地のおばさん/親父と孫/思わぬ出会いと親父の話/親父の葬儀と絹子の悲しみ

⑸ 「青い芝の会」との出会い

脳性麻痺の隣人/「青い芝の会」のバス闘争/障害者団体との関わり/僕の原点

〔コラム〕暮らしの中の葛藤  石山絹子

 

第四話  病歴告白 勝訴判決に押された決断

⑴ 人間破壊のらい予防法

フォルマリンの瓶の中/沖縄愛楽園の社会交流館/草津の重監房/社会に残る根強い差別/セファランチンとプロミン

⑵ らい予防法廃止と違憲・国賠訴訟

熊本・菊池恵楓園の提訴/「退所者も原告に入らんか」/失うものは何もない/敵の中から出た味方/国賠勝訴と国の控訴断念/増えた親戚

⑶ カミングアウト(病歴告白)

⑷ ハンセン病家族の裁判

⑸ 六十年ぶりの同窓会

死んだはずの石山君/クラスメートの大泣き

〔解説〕世界からの、致命的な立ち遅れ──「らい予防法」の廃止と国の謝罪 

 

第五話  共に生きる 地域の人たちとの交流

⑴ 横浜の人々との出会い

心筋梗塞と執刀医の言葉/岡山でのハンセン病市民学会

⑵ 学校と行政─人権のための講演活動

ネコ洗いとパンダ飲み/中学修学旅行の自由行動/「ハンセン病と社会」がテーマ/中学生からの手紙/横浜市の人権啓発/行政が求めること

⑶ 障害者運動と地域活動

障害者を隠し、言葉を封じる社会/宮前ふれあいの家/狭山事件の石川一雄さん/樹木希林さんとの対談/団地のポスター

⑷ 今、伝えたいこと

 

〔補〕石山絹子の回想 「神山復生病院を退所した青年と連れ添って」 

感謝のことば

〔資料〕
・著者年譜と社会活動 
・ハンセン病隔離政策 日本と世界の比較
・全国のハンセン病療養所
・ハンセン病関係法令(抜粋)

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投稿者: 社会評論社 サイト

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