連載 ◎ [豊島区・長崎]センセイも歩いた椎名町 第6回 伊藤榮洪先生も歩いた椎名町

第6回 伊藤榮洪先生も歩いた椎名町

池袋に生まれ教員職に就く一方で豊島区の歴史を軸に研究を続けた伊藤榮洪さんを偲んで編まれた追悼と遺稿の文集は区の図書館で手にできます。教え子やフィールドワークに参加した人たちが寄せた思い出からうかがい知る伊藤さんの人柄を思う時、郷土史家は自ら出向いて地元に生きる人に話を聞き、残された文献の向こうにいる人たちとの対話を惜しまなかった人だった感じを受けます。

『ぶらり長崎』について豊島区のサイト内に紹介されています http://www.city.toshima.lg.jp/146/bunka/shogai/kankobutsu/1803151007.html


それまで何も味わいのない事実の羅列が郷土史家によってアングルが変わり、資料分析で掘り返された事実の深みが発見されることで見事な料理に変貌するのです。郷土史家の説明を意識して見る目前の風景は一変して誰かとのつながりを感じます。人との出会いがあるのです。

豊島区郷土資料館を訪ねて椎名町界隈のことで教示を乞うと、ことし発行されたばかりの『ぶらり長崎 ─歴史・文学散歩─』を教わりました。著者はまさに伊藤榮洪さんですが、序文と結びを書いているのは豊島新聞社主と豊島区長です。病にかかり伊藤さんはこの出来上がりを見ずに2016年秋に82才で他界しています。

遺志を受け継いで作られた100ページ余りの小さな本には、しっかり索引が付けられています。本に索引がどれほど幅広く事実をすくい取るのに有用であり、別の言い方をすれば本の内容を一目瞭然とする親切です。手間のかかる作業ではありますが、豊島区史の編纂事業や図書館専門研究者として本の価値判断を仕事にしてきた伊藤さんは喜ぶに違いありません。

本にはトキワ荘に集ったマンガ家の先生方も取り上げています。現在の町並みにその足跡がどのように残されているかを書き残しています。

春近書店の林博之さんにこの本を紹介すると「伊藤エイコウ先生でしょ? 知ってる知ってる。だってうちの姉の学校の先生だったもン」と話はつながる。新たな横顔を聞けると他所者にはとても面白い。

先ほどの遺稿集を改めて読み直して見ると、伊藤さんが教員職に就いてまもない昭和30年(1955)12月4日付け新聞記事「僕の少年時代 十四の春にかえる術なし」が残されていました。戦中の軍国少年の心情から筆をおこし、学童疎開先の信州上田温泉で味わった寂しさ、空襲で焼かれた池袋の実家から叔父のいた千葉県鴨川に生き延び終戦を迎えた翌年に焦土と化した東京に戻り、すだれで囲った池袋駅を見た記憶を綴っています。

記事の掲載日は日本が対米英宣戦布告をした13年後の節目に近いことを当時の人たちには相応の意識して記事を受けとめたのではないでしょうか。

長く続けた郷土史研究には、かつて悲愴の思いで眺めるしかなかったふるさとが次第に復興、発展していく時代を体感してきた郷土史家の強い思いが込められていると思います。だからこそ、街の古老に取材し、文献の向こうの声に耳を傾けることを大切にし、せっかくここで暮らして地元に興味を抱く人たちに向けて、人の顔が見える郷土史を文章にし、発言してきたのでしょう。

「街に耳を傾けてみよ、人生が豊かになる」と伊藤さんは仲間に言い、その精神は引き継がれるのです。

前 回 ← → 次 回


参考文献

 

  • 『ぶらり長崎 ─歴史・文学散歩─』伊藤榮洪、豊島区発行、2018年
  • 『伊藤榮洪先生を偲んで』文学散歩の会発行、2017年

文責・板垣誠一郎


紹 介


春 近 書 店

haruchika-shoten

「日本の古本屋」URL: https://www.kosho.or.jp/abouts/?id=12060470

住所:東京都豊島区長崎1-5-2 営業時間:12時〜20時 定休日:月曜日・特例として大雨の日 mail:harutika@qg8.so-net.ne.jp TEL:03-3957-5454 FAX : 03-3530-5315

夜の春近書店(撮影 板垣)

2018年7月配信開始!
センセイも歩いた椎名町

第1回 ピカピカの町の本屋さん 
第2回 春近書店・林博之さんに聞いた思い出話 
第3回 縁日のキオク 
第4回 小沢昭一さんも歩いた椎名町 
第5回 春近書店 先代・甲子男さんの20代 
第6回 伊藤榮洪先生も歩いた椎名町 
第7回 トキワ荘通り 
第8回 谷端川
第9回 池袋モンパルナスを受け継ぐ
第10回 目白最古の BAR なすび


投稿者: 社会評論社 公式ブログ - 目録準備室 -

社会評論社 | メール | book@shahyo.com