連載 ◎ [豊島区・長崎]センセイも歩いた椎名町 第4回 小沢昭一さんも歩いた椎名町

第4回 小沢昭一さんも歩いた椎名町

「安いんだから買ってくんないとバナナ屋がかわいそうだよ。一生懸命、二生ケンメーやってんだから、どんどん買いなさいよ〜。うらがバナナ、おもてがバナナ。うらおもて見せンのウチだけだよ。800、700、600円。いまなら500円。これでおしまい400円。じゃア、あと一声だよ350円。‥‥いらっしゃいませ、これはそろそろ奥様が買う方だと思った。見ろ、買えば奥様だよ。買わないとクソババア‥‥そんなこたぁない。ありがとうございます。」
(『ドキュメント 日本の放浪芸 小沢昭一が訪ねた道の芸・街の芸』(日本ビクター、1971年より)

音に残されていたバナナのたたき売りの実況を聞きました。これを記録した小沢昭一氏は40才代を過ぎたばかりの個性派俳優でありました。レコード会社からの打診を受けて始められた「ドキュメント 日本の放浪芸」は、すでに当時の日本社会から姿を消しつつあった伝統芸能の奥深さや庶民に親しまれてきた商売人の練り込まれたタンカ(口上)の説得力を音と文章ですくい上げて行く企画で、現場から久しく離れた者にも時代を越えて伝えつづけております。

椎名町駅前の商店街でも威勢よいタンカの声が縁日ともなれば響いておりました。唄うでもなく芝居でもなく居合わせた人に応じてその時の仕草、やりとりをネタに場を盛り上げる。1人や2人、サクラと呼ぶ仲間が紛れていてもいなくても、そこに居れば一緒に笑ってしまうでしょう。

耳に覚えたあの人の声を後にレコードから聞いた時には、椎名町駅の縁日からバナナのたたき売りたちは店を閉じていたのでした。

小沢昭一氏は、テキヤ(新農さん)を「舌耕芸」(ぜっこうげい)と呼んで香具師(やし)など芸能史の来歴や掘り起こす研究、つまり演じ手との出会いを惜しまず、自らの役者人生の後半生をより豊かに歩まれ、2012年12月に83歳で亡くなります。それまでTBSラジオの昼に放送されていた「小沢昭一の小沢昭一的こころ」は、世間をネタに語る軽妙さは、いつ聴いてもころころ転がる展開。まるで芝居であり、寄席であり、縁日のバナナのたたき売りでもありました。

放送は数分の番組でしたがその尺の加減がちょうど良かった。気持ちが盛り上がったらふいに糸を切られてふわっと浮かぶ。そこはいつもの自分の暮らし。舌耕芸のような声は聞きようもないのです。

東京に育った小沢昭一氏が12才の冬、1941年12月8日に日本国はアメリカとイギリスとの戦争を始めます。

麻布中学生(旧制)の小沢氏は勤労動員で防空壕を掘ったり、強制疎開事業のための家屋の解体を経験します。一方で休憩時間に仲間と演芸会を催したり、寄席にも通っていたと書き残しています。

16才の1945年に海軍兵学校に入るも数か月で日本は敗戦となり、ひとりっ子でもあった少年の復員先は空襲から生き延びていた両親のいる群馬県でした。9月には縁故を頼って寄寓した上京先は、豊島区の椎名町でした。そこから麻布中学へ復学したそうです。(数か月の後に雑司ヶ谷へ転居)

この年の4月13日に池袋駅周辺も米軍の空襲に遭っていました。椎名町駅の南口側一帯も、戦災焼失区域になったと記録が教えます。駅北口の長崎神社や金剛院の方は残りましたが、そのすぐ近くまで同じく被害は及んでいます。西よりの東長崎駅周辺の長崎町、椎名町は焼失から免れており、両親の頼った先から学校までの間に小沢少年が目にした光景は、空襲で焼けただれた町並みだったのでしょう。

露店の商いが盛り上がりを見せる地域には、江戸の頃から大火や地震であったり、戦争によって甚大な被害をこうむった経験を持つと言います。椎名町にやって来たバナナのたたき売りをはじめ多くの露店の活気は、縁日の伝統とともに、復興する町並みの記憶とのつながりを示してはいないでしょうか。

もともと近代から日本社会に入って来ていたバナナでありますが、小沢昭一氏が「日本の放浪芸」のため録音に残した1970年前後には輸入の自由化が進み安価な果物になっていました。

変わっていないのは、バナナの持つ食物エネルギーの価値であります。バナナのたたき売りがいなくなって久しい跡にコンビニが出来ている現在にいたっては、バナナは1本売りとなり、したたかに椎名町(豊島区長崎)の暮らしに根づいています。

さて、続きまして戦後の椎名町で春近書店を始めた林甲子男さんのお話を申し上げます。

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文責・板垣誠一郎


参考文献

  • 小沢昭一/著『日本の放浪芸 オリジナル版』(岩波現代文庫版、2006年)本作のはじめは1974年、番町書房版。その後も角川文庫版、白水社版とがある。
  • 小沢昭一/著『わた史発掘 ─戦争を知っている子供たち─』(文春文庫版、1987年。単行本1978年、文藝春秋刊。のち岩波現代文庫。) 母親や親友はじめ戦争と戦後を生き抜いてきた小沢さんが伝えたいことを後世に丁寧に綴った好著。一言一言に真実みがあり、読み物だが聞き入ってしまった。
  • 秦孝治郎/著、坂本武人/編『露店市・縁日市』(中公文庫版、1993年)
  • 星野朗、松平誠「[調査ノート]池袋『やみ市』の実態 ─第2次世界大戦後の戦災復興マーケット─」(『社会応用学研究』No.25、立教大学社会学部研究室、1984年)

 紹 介

春 近 書 店

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「日本の古本屋」URL:
https://www.kosho.or.jp/abouts/?id=12060470

住所:東京都豊島区長崎1-5-2
営業時間:12時〜20時
定休日:月曜日・特例として大雨の日
mail:harutika@qg8.so-net.ne.jp
TEL:03-3957-5454
FAX : 03-3530-5315

夜の春近書店(撮影 板垣)
2018年7月配信開始!
センセイも歩いた椎名町

第1回 ピカピカの町の本屋さん 
第2回 春近書店・林博之さんに聞いた思い出話 
第3回 縁日のキオク 
第4回 小沢昭一さんも歩いた椎名町 
第5回 春近書店 先代・甲子男さんの20代 
第6回 伊藤榮洪先生も歩いた椎名町 
第7回 トキワ荘通り 
第8回 谷端川
第9回 池袋モンパルナスを受け継ぐ
第10回 目白最古の BAR なすび

投稿者: 社会評論社 公式ブログ - 目録準備室 -

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