第1回 歴史をしまい入れるもの ●篠原徹/著『民俗の記憶 俳諧・俳句からみる近江』より

琵琶湖・烏丸半島からの夕暮れ(撮影・金尾滋史)

滋賀県立琵琶湖博物館・篠原徹氏の著作『民俗の記憶 俳諧・俳句からみる近江(キオクノヒキダシ3)』より、冒頭の「はじめに」をお読みいただけます。第1回(全3回)

第1回
歴史をしまい入れるもの

篠原徹
(滋賀県立琵琶湖博物館)

 

俳諧・俳句の創造力の源泉は「キオクのヒキダシ」であるといったら、高尚な文学を目指す俳人や俳句愛好者たちは困惑し反論するであろう。

近世の俳諧の師匠たちがいろいろなところに出かけ俳筵を広げて歌仙やら百韻を巻き、現在の俳人たちが吟行にでかけ、あちこちで句会を開くという俳諧・俳句の作法についていつも不思議に思っていたことがある。それはそうした場に歳時記や参考文献を持ち歩くわけではなく、俳諧・俳句の座において自らの詩嚢に蓄えた知識つまり「キオクのヒキダシ」とその時の自然や人に対する観察力の二つだけで、文芸の座に立ち向かっていることである。

芭蕉は『奥の細道』の旅で、彼を慕う人びとと連句の座をもった。数年後にその時の句などを手直しして俳文を添えた俳諧の至高の文学『奥の細道』が完成したのは有名なことである。

俳文は確かに手元に参考書を多少置いて書いたかもしれないが、『奥の細道』に挿入されている句はほとんど旅先で参考書なしで詠まれたものである。これらの句は芭蕉の詩嚢にあった知識と句の現場での観察力によって詠まれた。

これらの句がどのくらいの詩嚢に蓄えられた知識を背景にもつものなのかは、『奥の細道』についての注釈書をみれば明白である。信じられないほどの膨大なものであり、芭蕉はとんでもない記憶力の人だと思うのである。

たまたま芭蕉をとりあげてみたのであるが、蕪村のような遊俳であろうが一茶のような業俳であろうが、この点に関しては同じで彼らは人並みはずれた記憶力の持ち主ではないかと思う。

この傾向は近代になっても続いているのではないかと思う。これは現代にさえ通じる俳諧・俳句という文芸の知られざる特質ではないかと最近は考えている。

もちろん俳諧・俳句の文人たちに文学的センスや感覚がなければいくら素養と観察力があってもいい詩はできない。しかし詩嚢や観察力がなければ、何も生みださないことも事実である。

俳諧・俳句の詩嚢は「キオクのヒキダシ」ではないかというのは、このような意味である。

第2回

 

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著者紹介 篠原徹(しのはら とおる)1945年中国長春市生まれ。民俗学者。京都大学理学部植物学科、同大学文学部史学科卒業。専攻は民俗学、生態人類学。国立歴史民俗博物館教授を経て、滋賀県立琵琶湖博物館館長を勤める。従来の民俗学にはなかった漁や農に生きる人々の「技能」や自然に対する知識の総体である「自然知」に目を向ける(「人と自然の関係をめぐる民俗学的研究」)。著書に『自然と民俗 ─心意のなかの動植物』(日本エディタースクール出版部、1990年)『海と山の民俗自然誌』(吉川弘文館、1995年)『アフリカでケチを考えた ─エチオピア・コンソの人びとと暮らし』(筑摩書房、1998年)『自然とつきあう』(小峰書店、2002年)『自然を生きる技術 ─暮らしの民俗自然誌』(吉川弘文館、2005年)『自然を詠む ─俳句と民俗自然誌』(飯塚書店、2010年)『酒薫旅情』(社会評論社、2014年)など。


 

投稿者: 社会評論社 サイト

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