連載 ◎ [豊島区・長崎]センセイも歩いた椎名町 第1回 ピカピカの町の本屋さん

第1回 ピカピカの町の本屋さん

センセイも歩いた椎名町に向かう前にちょっと寄り道におつきあいを願いまして。

その昔、毎週月曜日の学校帰りに出かける先がございました。本屋さんです。

入口の自動ドアが開きますと長身で細見、薄い緑の作業着のかっこうでいらっしゃいませエと小さく声かけるおじさん。気の弱い寅さんのような方。

店内は奥に長く壁面びっしりとコミックや文庫の棚になっており、中央一列にのびる台には主に雑誌やムックの表紙を並べてありました。

毎度感じたピカピカの清潔感。でも客はたいていいない。いても一人がいいとろこ。しかも同世代の男子。

ここで週刊少年ジャンプを買っていた。火曜日発売と広告しながら学校が終わった月曜日の夕方には売られていたもンです。

ジャンプの他はコミック。特に藤子不二雄センセイのマンガが新刊となれば入って来ていました。取り寄せすることもある。おじさんは幾重に折られたコミックの予定表を広げ、眼鏡をかけ、指で追っていく。やたら細かい字だったのを思い出します。1週間、2週間待つことは苦ではなく、かえって楽しみが増したもの。

コンビニはまだ数の少ない頃でもありました。パソコンも特殊なものだったし、ましてやスマホなんてマンガや映画のSF世界でのことでしょう。

週に一度の本屋詣では楽しかった。あそこは、いわゆる町の本屋でした。

さて現在。コンビニが町の方々に出店し、パソコンがないと仕事が成り立たなくなり、スマホは生活必需品になっております。

ことし2月。帰りの通勤電車を途中下車して、とある本屋さんをめざしました。すっかり空は暗いのに駅前は明るい。

店先にお客が集まっていました。なじみのない町の本屋。来たのはせいぜい一度か二度くらいでしたが、渋谷からも新宿からも近い代々木上原駅前という都会の町に幸福書房という優しい屋号が印象的であったから覚えていました。

当日お昼のニュースでこのお店が紹介されておりました(もちろんウェブサイトのニュースであります)。

常連客の一人で作家の林真理子氏を紹介した後で、ニュースは近年町から本屋が姿を消して行くスピードが増し、ついに本屋のない町もあるという指摘。本が身近な者にとっては寂しい限りです。

代々木上原駅前の幸福書房、2018年2月20日最終営業日(撮影 板垣)

この日、詰めかけるお客さん一人ひとりに入口に立ちまして挨拶をされている店主に、僕も名刺を出しました。閉店のニュースは少し前から話題になっており、連日こうして列ができる大繁盛。

千代田線も乗り入れる小田急線・代々木上原駅の南口、幸福書房は2018年2月20日に最期の営業日を迎えていました。

レジに積まれていた新書判で100頁ほどの本は、誰それセンセイの新刊でもなく、何を隠しましょう幸福書房の本なのでした。

ただただ真面目に、四十年間本を売り続けて私は生きてきました。それは、私が本を売るのが好きだからです。本を売ることを通して、お客様と生まれた交流や様々な出会いがあるのは確かです。だけど、やはり、幸福書房を続けるかどうかは、誰のためでもなく私のためなのです。

(岩楯幸雄著『幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!』左右社刊、2018年。オビの文面より)

この本を通勤電車の続きで読みました。店主の岩楯さんが弟の敏夫さんとそれぞれのお連れ合いと営み続けた書店経営の顛末は、書店現場の厳しい内情をうかがい知るにはあまりに優しい語り口です。

僕は仕事先が出版社にもかかわらず何年も業界の動向を踏み込んで知ろうとはせず、当たり障りなく過ごしてきましたので、岩楯さんの説明でようやく「そういうことかぁ」なんて合点がいくことばかりでした。

出版社に勤め先が決まった頃からすでに町の本屋が減っていると聞いていましたが、いっぽうで大型の書店やチェーン店が出店していることもあり、今ほどの行き詰まってきた気持ちにはなっていませんでした。それでも、僕が少年ジャンプや藤子不二雄マンガを買いに行っていた本屋が店を閉じたのはその頃でもありました。

息子さんが大学を卒業して切りがいいから、と言っていました。今そこには新鮮な魚が売りの酒場になっています。

一度だけ、そのお店で営業じみたことをしました。それは初めて名乗った時でもありました。毎週のジャンプと年に何度かコミックを買いに来ていた青年が突然、ナントカ社のナントカと名刺を出してきたことに、店主のおじさんはどう思ったのでしょうか。

覚えているのは、店主のおじさんは相変わらずかすれるような声で、どこか芯のある通った調子で「うちみたいな所に来るより、ちゃんと大きな所へ行きなさい」と教えてくれました。

顔は覚えてくれているだろうからと甘えた気持ちで声をかけたことは僕の未熟さです。それよりも、あのお店にはコミックや雑誌、小説や文庫本はあっても学術書や専門書は置かれていなかったことを不思議とは考えなかったことは、当たり障りのない自分らしい過ごし方そのものです。

置かない理由がきっとあったのだろう。今になれば、それを訊ねたらよかったのですが、後の祭りです。

代々木上原に戻ります。

幸福書房には専門書からコミックまで硬軟幅広いジャンルを取り揃えていた様子が、店主岩楯さんが語る『幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!』46頁に棚の分野を手書きの絵で記録されています。僕の勤め先の本も注文を下さったのを覚えています。

1980年に代々木上原駅前で開店していますが、実はその前に幸福書房は別の場所で始めていたことをこの本で知りました。その場所こそ、今では漫画家の聖地とも呼ばれる「トキワ荘」に集ったセンセイたちも歩いた椎名町、豊島区南長崎のニコニコ商店街だったのです。

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豊島区南長崎ニコニコ商店街に残る幸福書房の屋号(2018年4月 撮影 板垣)

つづく

文責・板垣誠一郎

2018年7月配信開始!
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投稿者: 社会評論社 公式ブログ - 目録準備室 -

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