連載 ◎ [目黒区・駒場]河野書店のあたり駒場東大前・第10回 蔵書の引き取り

江戸のころには将軍家の御鷹場として知られ、明治から練兵場が造られもした駒場の地。今では東京大学駒場キャンパスや日本民藝館や日本近代文学館が建つ知的で閑静な地域。駒場東大前駅からすぐの河野書店で一息つきながら、東京の昔を探しに出かけましょう。第10回「蔵書の引き取り」。


第10回

蔵書の引き取り

河野高孝さんがまだ独立して店を開ける前の4、5年は、早稲田にある五十嵐書店で働いていらっしゃいました。お世話になった店主を「おやじ」と呼ぶその一言に深い思い入れを感じられ、当時の職場のようすを垣間見る気もします。

その頃のことです。五十嵐書店によく顔を出しては仏教哲学やウパニシャッド(インド古代の宗教哲学書)等のどことなく風変わりな本を選んで行くお客さんが亡くなってしまい、蔵書を引き取りに来てほしいという話になりました。

行ってみると独り住まいであった部屋には意外にも書棚は2つくらいでありましたが、五十嵐書店にも来ては買ってって下さったこれらの本の持ち主が、ここにはもういないのかと思った時の気持ちは40年が立った今もよく覚えている経験。

お一人で勉強されていたようで部屋にはたしかに本はありました。けれどもあの本を読んでいた頭の中はどこへ行ってしまったのだろうって思いましたね‥‥。

蔵書の引き取りに出向いた河野さんは初めて顔見知りが残した本と向き合いました。目には見えませんがあのお客さんの頭の中にあった知識のありかが心をよぎりました。

書棚の本その1冊ずつに自分が集めてきた思い出とともに、開いた本の文面から拾って行く知識を集積する時間は、まさに生きてきた営みそのもの。

どこへ行ってしまったのでしょうか。

その後、駒場に河野書店を出店してから35年のあいだに、数多くの蔵書を引き取りに持ち主宅に出向き続けています。流行の「終活」よろしく処分する人、遺族が呼び寄せ向き合う遺品となった本、研究職の区切りがついて処分を決めた研究室の本、流行作家の残した蔵書。

60代も後半の今も本の束を抱えて階段を往復する苦労話がブログ「河野書店NEWS」に見つかります。その折々にすれ違う蔵書家の頭の中に入った知識のでどころの本の一部が、並び方を変えて河野書店の棚に納まったり、ネットのラインナップに顔を見せます。

店内でボクは歌舞伎や落語、演劇などの芸能に関する棚の前に立ち止まります。パフォーミングアーツ、上演芸術とも呼ぶ分野です。

河野書店をスタートする際に芝居をする人が読むような本、パフォーミングアーツの本を集めたいナと考えたとのこと。こう聞いて棚の前に立つと、ちょっとだけ河野さんの頭の中にある知識を覗くようです。でもここから買って行く本は、いずれボクらお客の頭の中に入って行くわけです。

本を通じてお客さんたちと交流して行くイメージで営まれている河野書店の店先の広間には、バングラデシュの女性がどうぶつの絵柄をノクシカタ刺繍という手法で作った手鏡やヤギの皮で作られたインドのコインケースなどが売られる日もあります。

柳宗悦の日本民藝館や駒場公園の日本近代文学の他にも実は駒場にはもう1つの見所、駒場博物館があります。河野書店のおかみサンが教えて下さいました。ただし東京大学駒場キャンパスの中なので少々気が引けます。でも頭の中の知識を拾いに今度でかけて見ます。

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(了)

文責・板垣誠一郎

 


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〈2018年1月配信開始!〉 
河野書店のあたり駒場東大前
第1回 駒場東大前駅の商店通りへ 
第2回 西と東の駒場駅
第3回 開業の1983年
第4回 由良君美の発信
第5回 駒場を通る
第6回 本郷から駒場まで
第7回 駒場の木陰(1)─旧前田邸・駒場公園─
第8回 駒場の木陰(2)─日本近代文学館と高見順闘病日記─
第9回 駒場の木陰(3)─石田波郷が詠んだ駒場の町─
第10回 蔵書の引き取り

 

投稿者: 社会評論社 公式ブログ - 目録準備室 -

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