連載◎[本郷・東大赤門]ペリカン書房と品川力さんと、本郷の町。(第5回)「物静かなサービスマン」

東大前の本郷通りにそってお店の並ぶ途中にある小道「落第横丁」をごぞんじですか? その通りで営まれていた古書店と伝説の「本豪」(ほんごう)、品川力さんの足跡をたどります。連載第5回は「物静かなサービスマン」。

第5回

物静かなサービスマン

 

品川力さんの書いたものに目を通すときに、レストラン時代の描写のところについ気をとられるのは、戦前の本郷で数年の間だけあったところで、来店した人々の名を連ねればまるで文化サロンの印象さえ与えるからだと思いますが、もっと気になるのは品川さんのお店での働きぶりについてです。

料理は弟の工さんがフランス料理店で身につけた技術があり、サービスには約百さん枝咲さんの二人が見事に華をそえる。そのスタッフの中にあって、当時の本郷界隈で群を抜いた美味しいコーヒーを入れていたという店主の品川力さん。来店客に見せたサービスマンの姿は、どんなものだったのか──。

手がかりの一つが、企画展図録に掲載の「ペリカン書房のチラシ」の文句にあるようです。

 私の店では!

  売るにも買ふにも「親切第一」に取り計ひます。

  何よりも皆さまの「相談相手」になれる店でありたいと念じてをります。

この宣伝文は、古書店に限らず接客業の仕事にとっての心構えとして通用しそうです。特に相談相手のお店というのは、自分に置き換えてみると、あのお店に行きたいのは何かが欲しいことと同時にお店の人に会いたいという気持ちが強かったりすることがあります。古書店ペリカン書房が60年余り活躍できた理由には、「私の店では!」と声高らかに引き締まる紳士的な気持ちが伝わります。

ところがどういうわけか、レストランで出迎えるマスター・品川力さんという人は実に物静かであったという証言があります。実は品川さんは若い頃から吃音症に悩まされて来たという事情があったのです。

随想集をはじめ書き残された文章には本を通した交流の記憶とともに、吃音症であることの苦悩とそれを乗り越えてきた苦労や努力、なかには状況を逆手にとったユーモアまでにも筆が及んでいます。

できれば喋ることの少ない仕事をという周りの配慮から、若い自分には書店員やボーイの仕事を選んできたともいいます。レストラン「ペリカン」のマスターが一見物静かであったのは、吃音症との葛藤からでもあったのでしょうが、サービスマンとしての心構えもまたしっかりとあったわけだろうと思います。

裏付けるエピソードがあります。品川さんがまだレストラン「ペリカン」を営む前のことです。

銀座数寄屋橋通りにあったレストラン「冨士アイスクリーム」でのボーイをしていた二十歳前後の頃、お店に来るお客には外国人が多く従業員も英語ができたことから品川さんは英語とレストランでのエチケットを周りに教わりながら学んだそうです。

(写真)冨士アイスクリーム時代と思われる品川力さん。(提供 品川純)

 


マスターになった品川さんがある時週刊誌に「食卓の作法」「英文メニューの見方」「なすこと勿れ─洋食作法」を連載したそうです。

レストランの場においては、来店客もまたマナーを求められるものであることを振り返った内容を書いた随想にも、そのまま古書店での店主と来店客の間合いを伝えたかったのではないかと、私は想像しています。

つづく

 

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文責・板垣誠一郎

参考文献

  • (図録)『第34回企画展 本の配達人 品川力とその弟妹』柏崎ふるさと人物館、2013年
  • 品川力『古書巡礼』青英舎、1991年(初版1982年は上製本)
  • 品川力『古書邂逅 本豪 落第横丁(こしょめぐりあい ほんごう らくだいよこちょう)』青英舎、1990年
  • 品川力「「なるほど」のエチケット ─本郷・ペリカン・レストランの前後─」、『越後タイムス』3666~3668号掲載、1988年
  • X・Y・Z「ペリカンの誕生」『越後タイムス』1931年4月26日付号掲載(後年『古書邂逅 本豪 落第横丁)』付録「青英舎通信4」に収録)

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〈2017年3月配信!〉
ペリカン書房と品川力さんと、本郷の町。
── その思い出を聞く。

第1回「本の配達人が住んだ町
第2回「本の配達人の弟と妹と
第3回「横丁へやってきたペリカン
第4回「もう一人の妹
第5回「物静かなサービスマン
第6回「私は本郷のペリカン書房の品川力であります。
第7回「お店の風景
第8回「貸本と夜店の古本屋
第9回「日本近代文学館への献本
第10回「本郷のペリカン


投稿者: 社会評論社・目録準備室

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